DXセミナーから上杉鷹山を思い出す ~変革「X」で特に壊すべきものは「心の壁」~

先日、PFCは、CELMとOXYGYとの共同で『DXセミナー「日本企業におけるDXとCDO-DXの推進とその中でCDOが果たす役割-」』を開催した。2020年の「Japan CDO of The Year 2020」(CDO大賞)に選出された、味の素 代表取締役 副社長執行役員 CDOの福士 博司氏にもご登壇頂き、講演やパネルディスカッションを行った。その中で、DXの本質は「X(変革)」にあり、実際にDXを進める上で具体的に困っていることを聞くと「人と組織」の要素が大きいことがポイントとして理解できた。

筆者は、歴史が好きで、日本史は古代史から幕末、世界史は各国の古代文明や中国の史記や三国志などの書籍を趣味で読んでいる。そんな筆者が今回のDXセミナーを視聴して、ふと上杉鷹山を思い出した。1769年米沢藩へ入国し約160億円の負債を抱える米沢藩の藩政改革を行い成功させた人物である。そこで鷹山は、こんなことを言っている「ひとりひとりの人間が意識して自分を変革し、その一人一人の意識変容の総和が組織を変革していく」。DXの「X」を成功させる為にも、まさに、変革推進者の意識及び社員の一人一人の意識を変えていくことが重要なポイントであり、その心の壁(変革しなければと頭では分かっているけど・・・なかなか行動に移せないなと思う心の壁)を壊す必要がありそうだ。その心の壁を壊すヒントを上杉鷹山の藩政改革から得られるのではと思い今回記事にまとめてみた。
ただ、私は歴史学者ではないので、史実や詳細など誤った記載があるかもしれないが、そこは、ただの歴史好きな人が想いを馳せながら書いているのだなと目をつぶって頂ければ幸いである。

米沢藩の状況「毎日休まず、遅刻せず出社・・・だけど、仕事せず」

米沢藩は、上杉謙信の養子景勝を藩祖とし、越後地方で200万石を越える収入をもつ大きな藩だった。だが色々あって(色々と興味深いことがおこりますが、そこはぜひご自身で調べてみてください)鷹山が藩主になったころには15万石まで減少していた。それにも拘わらず上杉家は名門の形式を重んじて人員整理を全く行わなかった為、藩士の給与総額だけで藩収入の9割以上を占めていた。大人数の藩士(今で言えば社員)を抱えた藩(今で言えば会社)では、藩士たちは、毎朝、決まった時間にはお城には行くけれど、やることもなく仕事などしていなかった。このような状態だったので、もちろん生産性もほぼなく鷹山が藩主になった時には現在の金額で約160億の負債を抱えていた。その状況下、鷹山は藩政改革を行うのである。色々と改革施策はあるが、次項から「心の壁」を壊す為のヒントとなるエピソードを取り上げて行きたい。

鷹山の心の壁を壊す行動

①「X」は「何のため」から入る:民富(民の富国)を改革の目的と定めた

味の素の福士氏は、セミナーの中で、DXを推進していく上でまず行ったことは、何の為に・誰の為に会社は存在するのか、つまりミッションを改めて確認することから始め、その上でDXの目的を定めたと仰っていた。まったく同じように鷹山も、まずは藩政改革の目的を明確にした。彼は目的を「民富」とおき、その中には領内の弱い立場にある人々まで含まれていた。弱い立場にある領民への福祉を重視し、その責任は藩政府にあるとまで宣言している。ちなみに、この時代、「領民の為に」と考える藩は皆無であった。徳川幕府は士農工商によって成り立っており、「民は胡麻と同じで、絞れば絞るほど油がとれる」と言われる世の中で、「大名やその家臣の為に地域住民が存在しているわけではない!地域住民の為に私たちが存在しているのだ!」と言い続けた鷹山の目的意識の高さに、(もちろん反発するものも多数いたけれども)私たちがやりたいこと・言いたいことを明確に口に出してくれたと、素直に感動した藩士も複数いたという。
また、ここでのもう一つのポイントは、その目的を、藩士全員に説明したことだ。当時、現場で仕事をしている足軽がお城の大広間に入れることはなかった。だが鷹山は、改革を進めるのは実に現場の人間(足軽)であると言い、その人たちに改革の目的や趣旨を説明しないで改革を進めることは出来ないと重臣たちに伝えた。実際、大広間に入りきらない状態で全藩士に向かって改革の目的や趣旨を述べたと言われている。
その後、施策を進めて行く判断基準はすべて目的(民富)に準じているかで決められ、重臣の中でそれに反するような行動をとったものがいれば厳しく対処していた。

② 皆を巻き込むリーダーシップ:私には変革をやり抜くだけの実力はない

先に記載した、大広間での目的説明。実は、鷹山にとって、もう一つ重要なポイントがあったと筆者は感じている。それは、変革を推進するためのリーダーシップ宣言を鷹山は行ったのではないかと考えている。
そもそも、足軽を大広間へ入れるとなった際に、それに反対する重臣たちに向かって「先例に背くことが私の改革の第一歩である」と伝え、有言実行、先例に背き足軽を大広間へ集めた。この後も、先例の無いことを次々と改革の中で体現していく。自らが当たり前を壊す船頭となってリーダーシップを発揮していた。
加えて、大広間での説明の際に、鷹山は全藩士(企業であれば全社員に)に向かって、改革の目的を達成するためには、藩主(社長)としての自己に限界があると語り、実施したいことを指示して、それをやり抜けるだけの実力もないと伝えた。当時は、黙って俺についてこい的なリーダーシップが当たり前の世の中、この様な頼りないリーダーについて行って大丈夫か?と不安になった藩士も多かったと推測する。一方で、正直に自己開示することによって、鷹山は藩士全員へ協力の要請を自然と行ったのだ。自分には限界がある、だからこそ、皆の協力が必要であり、皆で考えて行こう。現に、この様な大広間での場は、鷹山からの指示・命令の場ではなく、意見を言い合う場になっていった。
もちろん、鷹山自身も自己開発して少しでも出来ることが多くなるように、日々努め、皆の能力に追いつくように精進し、一日も早く藩の実態を知り、皆の気持ちを知るようにするとも、その場で宣言をしている。実際、鷹山が小姓(今でいう秘書)に叱られ、それを真摯に受け止め、改めて現場意識を強くしたエピソードなどもあり、自身の自己開発を怠らなかった。
鷹山は、自身の弱みを見せて周りの協力を得ることで多くの人を変革へ巻き込み、且つ、有言実行し、自分が実行してやってみせることで皆の行動変容を誘っていた。

③ 現場意識(当事者意識)の醸成:火種は新しい火をおこす。お前たちが火種になれ!

鷹山は、現場から声が上がるようになり、この様なことを言っている「現場の声が、中級藩士を動かし、さらに上級藩士を動かしたことに感動した。」新しい火が連鎖した瞬間だ。そして、その後、こう言っている「改革の軸は現場である。その現場が改革を理解せずに燻っていると、上からの指示が多くなり、指示や押し付けだけで仕事をさせられれば、納得した仕事ぶりは期待できない」・・・筆者が、管理職研修などで受講生へ伝えるメッセージそのものである。
では、鷹山は、どの様にして現場に火種を起こし、連鎖させたのか(つまり、当事者意識をもたらしたのか)。今まで記載してきたこともその要因になると思う。加えて、士農工商の枠を越えて、藩士に現場で働く機会を与えたことも、そのひとつと考えている。変革施策として、地場産業の復興策がある。当時、現場では、「農民は米作で手一杯です。その他に何させるにも・・・人手が」との声が上がっていた。その時、鷹山は、「労働力は城内にある」と言った。藩士の妻や老人、子供達、そして藩士自身を現場で地場産業の復興に従事させるという意味だ。また、新田開発すれば、しばらくはその田畑から税はとらないことも決めた。領民も藩士も、皆で富む為に、士農工商関係なく、やれる人がやる体制をつくったのだ。また、お城で仕事がない藩士は、お城に来なくてよい。好きな時に来て、好きな時に帰り、時間がある時は、桑を植えるとか漆を植えるとか、自分の好きな仕事に従事してくれと言った。今ならば、完全フレックス制で副業OKな感じの組織を約250年前に実行していた。やりたいことを仕事として選べることにより藩士の仕事に対するモチベーションが上がったという。鷹山曰く、人間は働かなくては生き甲斐を失う。その生き甲斐をひとりひとりが自分なりに発見できる道筋をつくっただけだと。
鷹山は、不要な組織を廃止し、冗員を現場へ振り向かせ、自身で生み出した生産物は自身が有してよい仕組みを作り上げた。自身で出した成果が自分にメリットとして返ってくることにより、さらに、藩士が別の藩士に声をかけ多くの藩士とその家族が現場へと入り込んでいく。藩士は自ら進んで現場へ行き、自分事として仕事を行う。その様な動きがある中で、「やる気のある者は、自分の胸に火をつけよ。そして、身近な場所でその火を他人に移せ」と、鷹山はことあるごとに皆に伝えていた。

以上、
①変革の目的を明確にし、関係者全員へ伝える
②巻き込み型リーダーシップの発揮(トップダウンで進めないよ宣言)
③多くの変革関係者が現場へ入り込む仕組みを構築して、現場の火を灯し続ける。
この3つが「X」を推進する上で、鷹山が、関係者の心の壁を壊す行動として行ったポイントである。
最後に、「X」にはつきものの抵抗勢力へはどの様に対応したのか、そのエピソードを紹介したいと思う。

抵抗勢力への対応:ピンチをチャンスへ!巻き込み型で事実を確認する

鷹山の改革も、もちろん順風満帆ではなく、山あり谷ありで色々な問題が立ちはだかった。特に大きな抵抗は、改革が少しずつ進んでいる1773年におこった。上級武士団侍組7名からの改革中止の申し立てだ。鷹山は、この7名に個室に呼ばれ、鷹山のやり方を批判した冊子を提示され、殆どの藩士が鷹山の改革を快く思っていないとまで言われた。そして、それでも改革を続けるのか否か鷹山に決断を迫ったのだ。この場で決めてくれと軟禁覚悟の申し立てだったが、その部屋にいる7名の重役から何とか逃げ出し、まず鷹山が行ったことは、全藩士をお城へ招集し、その申し立ての内容が事実かどうかを全員へ確認することだった。本当に、皆が、この改革に納得していないのであれば、改革を止めるつもりでもあった。「ここに書いてあることの中に事実があるのか?また、私のやっていることは間違っているのか?率直に意見を聴きたい」と鷹山が尋ねたところ、大目付け役や組頭たちは、皆、納得しておりますとの回答。少し安心するものの、すべて額面通り受け取っていいものではないとも理解していた。そこで、「身分の高下にこだわらず思うところをはっきりと言って欲しい」と、再度、皆の意見を確認した。張り詰めた空気が漂う中、一人の身分の低い藩士が口を開いた。「今までは、毎日、何をしていいのか分からず、お城に勤め出ることが嫌いだった。けれども、今はお城に来ることが楽しみです。それは、何のための改革か目的がはっきりしているので、私は、それを目指して歩いている実感があるのです。」その言葉を皮切りに、次は中級藩士から、われもわれもと、改革に納得しているとのコメントが出てきた。1日目は、そこまでで話し合いを終え、次の日も皆で話し合いをはじめた。1日目と違い、最初から皆が異口同音に改革に納得していると話出した。そして、改めて、改革に向けて努力しますとの言葉までが飛び交った。(ここでも、鷹山は、下から意見が発生し、その火が中級藩士、上級藩士へと飛び火したことに感動し、その旨を、その場で伝えている。)7名の重役から申し立てのあった「皆が改革を快く思っていない」という意見は事実ではなく、彼らの策略ではあったが、鷹山は、この様な反対運動がおこった事実を受容し、自身が知らないことがあるかもしれないと考え、まずは、全藩士に事実確認を行った。結果論かもしれないが、そのプロセスを経ることによって、最終的には藩士を更に巻き込みつつ、変革の意識を高めて行くことに成功したのだ。まさに、巻き込み型リーダーシップを発揮しピンチをチャンスに変えた一つの例である。

何のために「X」行うのか?鷹山は、「大切な人とは、年貢を納める人々のことだ。私たちの生活の資を生み出す人々のことである。そういう人々の存在を忘れ、私達だけの考えで争うことは、何の意味もない」と言っている。DXは、何の為、誰の為に行うのか? そして、最後に、鷹山の言葉に「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」というものがある。強い意志を持って行動すれば、どんなことでも必ず成し遂げることができる。結果が出ないのは、成し遂げようと思う強い意思を持って行動していないからだ!この言葉の意味を私はこのように解釈している。変革を起こす際には、自分自身だけでなく、成し遂げようとする強い意志を持つ人たちをどれだけ増やせるかがキーになりえる。DXの「X」を進める上でも、まずは自分の胸に「火」をつけて、その「火種」をどれだけ多くの社員に移せて行けるのかが成功のキーファクターの一つだと思うと、今も昔も、人とともに変革「X」する為の本質は変わらないなー・・・これがDXセミナーを視聴し、上杉鷹山を思い出して最後に感じたことだった。 

PFCシニア・コンサルタント 齋藤正幸