今だからこそ、家族で共同体的要素の強化に挑戦:Part 2

Part 1はこちら

はじめに

「人と組織」の観点で新時代の組織運営において、「目に見えない」ものを扱う組織開発の重要性がより一層増すということをPFCでは提言してきた。そんな中、「仕事」ばかりにフォーカスするのではなく、リモートワーク時代だからこそ改めて「家族」と向き合い、家族との関わり方や過ごし方などを再考する必要があると感じている。その為、前回の記事で紹介した通り「緊急事態宣言」の中で家族の共同体的要素(「目に見えない情報やつながり」)の強化を家族皆で挑戦してきた。

在宅勤務が半年以上続き、ニュースではコロナ離婚やら今まで以上に子供も高いストレスを抱えているなどネガティブな情報を耳にする(ある情報番組では「旦那がストレス・・・以上」のコメントが視聴者からあり。私自身ドキドキした次第だ)。在宅勤務が当たり前になった今だからこそ、これまで以上に「家族」にフォーカスし、再度、共同体要素を強化する必要性が出てきたのではと感じている。

その様な環境の中、私自身は、家族に対して何が出来ていて、出来ていなかったのか振り返るとともに、今回も、小さい子供を抱え、且つ、まだ在宅勤務が続く環境下にいる方たちへ何らかのヒントをお伝え出来ればと思い、私の家族の体験記を再び紹介することにした。

ちなみに、再掲となるが、家族構成としては、フルタイムで働いている妻(私と同様に在宅勤務)、8歳(小学2年)と6歳(保育園)の娘。個室はなく、私はリビング又はダイニング(場合によっては、机も椅子もない寝室)で仕事をしている。

家族も「チェンジ(変革)」が求められている

「今までの当たり前」は未来でも当たり前なのか?
池上彰さん監修の『なぜ僕らは働くのか』の「大人も知らない未来の働く」の章の中で、AIに仕事が奪われることや多様性を例に、今後は、答えのない問に向かう力が必要だと書かれていた。加えて、Covid-19の大流行による働き方が実際に変わったことを体験し、今までの当たり前だけで考えることの危うさを改めて感じた。

実は、子供を授かった時、妻と一緒に私たちの子供達はこんな風になってくれたらいいねと、子供の成長ビジョンを描いていた。それは「地球上のどこでもいいので、自分で考え・判断し、楽しく笑顔で活躍している」ビジョンだ。

今でも、このビジョンをベースに習いごとの選択や叱るポイントなどを判断しているが、今回を機にふっと感じたのが、これって親の私達にも当てはまる成長ビジョンではないかということだ。親も子も‥つまり家族の成長ビジョンとして、このビジョンは格上げとなった。

あるべき姿(ビジョン)に向かって進める為には「チェンジ(変革)」というプロセスが必要だとPFCの『グローバル組織開発ハンドブック』では伝えている。そして、その難しさはソフト面の変革にこそあると続く。まさに、私達家族も、ビジョンに向かってまずはソフト面から楽しくチェンジしていく為のロングジャーニーが始まった。

ビジョン達成する為のうちのバリューズ(価値観)は?

バリューズ(価値観)とは

PFCでは、バリューズとは、大切にする考え方であり、判断基準になるものと定義している。齋藤家がチェンジする為にも、その目指すべき姿に向かうために必要なバリューズ(価値観)を考えることからまずは始めてみた。

「自分で考える×受け入れる」with 利他の精神

家族の共同体的要素(「目に見えない情報やつながり」)を強化する上でも家族のビジョンをもつことは、とてもワクワクした。「地球上のどこでもいいので、自分で考え・判断し、楽しく笑顔で活躍している」このビジョンに向かって、まずは、「どこで余生を過ごそうか?オーストラリアがいいよね。」など、在宅勤務の合間に妻と話していた。

夕食の際に子供達にも「仕事する場所は日本じゃなくてもいいよ。住みたいところへ行きな」と伝えると「沖縄がいいー」と答え、日本じゃんみたいなツッコミもいれていた。ただそれらの会話は、もしかすると表面上の楽しい話であり、家族の在り方を示すソフト面が疎かになっているとある時感じた。その為、シンプルで分かりやすいバリューズ(価値観)があるといいなと思い、子供たちに「大人になって、自分で考えて、楽しく過ごすには、何を意識するといいかな?」と訊いてみると、長女が「パパ、今、自分で言ってたじゃん。何でも自分で考えればいいんでしょ」(私の心の声:確かに、そりゃそーだ)。

そして、「あと、どうせ利他なんでしょ!」(これに関しては他項で説明する)。子供の方がシンプルな回答を持っているなと感じ、その回答に加え、地球上のどこでも生きて行けるように、私達夫婦が可能な限り意識している「受け入れる」を入れて、齋藤家のバリューズを【「自分で考える×受け入れる」with 利他の精神】としてみた。子供たちにもその旨を伝えてみたが、ポカーン状態でした。

その為、次項からは、3つのバリューズを家族にしみ込ますべく、その奮闘記録を記載する。

利他の精神:ゲゲゲの鬼太郎から学ぶ「因果応報」

何かを考える上でも、色々なことを受け入れるにしても、齋藤家の根底にある大切なものは「利他」。京セラを起業した稲盛和夫さん監修の『子ども こころの育て方』に、「ひとを助けてあげたい心」を大きくしようと書かれていました。そして、その心は「利他」といい、その反対語は「利己」と言います。イラストも入っていて、ほとんど平仮名の子供向けの本なので娘たちも楽しく読んでくれた本の一つです。そこで、私としては「利他」「利己」の言葉を家族の共通言語にしたくて、何かあると「「利己」になっていないか??」「今のは「利他」で考えたのか?」と問いかけるようにしています。

さて、私が妖怪好きであることから、子供達もゲゲゲの鬼太郎ファンになり、ある時、鬼太郎のテレビアニメを皆で観ていた時のことでした。悪いことをした男性に対して鬼太郎が暗い顔でボソッと一言「因果応報だ・・・」と。下の娘は、ちょっと舌足らずで「インガホウホウって何?」と訊いてきたので、「利己で自分のことしか考えないで、人の嫌がることをすると、嫌なことが自分に起こることだよ」と説明しました。案の定、アニメの中の男性は地獄に行ってしまい、それを観ていた娘たちも「利他」でないと地獄に連れていかれると(若干、極端な解釈ですが)、子供ながらに思ったようです。

最近では、自業自得と言う言葉も覚え(下の娘は「ジゴウジゴク」と言っています・・・)、何か自分が利己的な行動をとった時には、パパに叱られる前に「分かってるよ!因果応報、自業自得なんでしょ!」と、長女は、自ら反省する場面も多少出てきました。

もう一つ、私が歴史好きなため、例えば、大河ドラマなどを観る機会が多く、子供たちは付き合わされてイヤイヤ観ております。合戦のシーンなどで、よく「何で戦っているの?」と聞かれます。その際は、「お互いが利己だから、お互いの話を聴かないんだよ。だから喧嘩してるんだよ」と説明し、「あなた達二人も利己で喧嘩するでしょ。それがみんなを巻き込むとテレビみたいに戦うことになるんだよ・・・」と伝えるようにしています。利他の大切さは十分伝えることは出来ているのですが、弊害として「歴史は怖い」と子供たちに思われてしまっています。とほほ。

利他の精神(「ひとを助けてあげたい心」)については、今でも、一緒にテレビを観ることで出てくるちょっとした会話から利他の精神を伝えるようにしている。子供たちからは、もー分かってるよと耳にタコ的なコメントが最近ではしばしばでている・・・。

自分で考える:「しじみと納豆を混ぜちゃえばいいじゃん!」

前回の記事でも、「面倒くさい」「分からない」「難しい」というネガティブな言葉を言わないように心がけ、ポジティブに考え続けることを、まずは親の私が実行していることをお伝えした。今も、その習慣は家族で続いている。 最近では、子供たちが観ている色々なテレビアニメで主人公が「考えろ、考えろ、何か出来るはずだ」と言ってくれるので、それも後押しとなって諦めず考え続けることの重要さもしみ込んできたと感じている。

例えば、弊社コンサルタントの一人が立ち上げたフラッグハントと言うスポーツがある。レーザー銃で相手メンバーを倒しながら相手陣地のフラッグ(旗)を取ったチームの勝利となる。その親子大会があったので参加した。もともと家族全員負けず嫌いな為、私が少しでもミスをすると8歳・6歳の娘たちから「パパ何しているの!!もっと考えて動いて」と本気で叱られる。インターバルの際には、娘たち二人がフィールドを走って観て回り、自分たちで戦略?を立て、私や妻に指示を出している。勝つ為に全力で考えている娘たちを感慨深く見ていると、長女に一言「人の話をちゃんと聴いてる?今、(私が)いった事を言ってみて!」と復唱まで迫られる始末。子供たちに考え続ける癖は付いてきたかなと思う一方で、親である私や妻はすぐに思考停止になっていないか逆に自分たちが心配になった瞬間だった。

また、自分で考えるだけでなく、相手と話し合うことの楽しさや話し合いから新たな考えが生まれる体験を子供たちにさせてあげられるといいなと常々感じていた。ある夕飯の時に、その機会が訪れた。長女はシジミ汁を下の娘は納豆味噌汁を飲んでいた。
そんな中、どっちが美味しいか言い争いが始まったのだ。なぜか、私も急にファシリテーターのスイッチが入り「二人の言い争いはディベートって言うんだ。それでは順番にお互いの美味しいと思う理由を聴こう」「お姉ちゃん、なぜシジミ汁が美味しいと思う?」その問いに、長女も、ネギが美味しい、味がしょっぱくない、シジミが美味しいなどと言い、下の娘にも「納豆味噌汁の何が美味しい?」と同じように私が訊く。二人とも順番になぜ美味しいかを伝え始める。もちろん、長女の方が語彙力があるため優勢になっていく。
そんな中、急に長女が「パパ分かったよ!納豆味噌汁も美味しいことも分かったし、シジミ汁も美味しい。ってことは、両方を混ぜちゃえばいいんだよ!!いっぱい美味しいよ!」それに便乗し下の娘も「そーだね。混ぜちゃおう!!」と二人で仲良く混ぜるとう結論に至った(もはやディベートではないが・・・)。

私たち親のちょっとした介入で、口喧嘩から、話し合いの中から考えるヒントを得る体験を子供たちにさせることが出来た。この経験は私にとっても学びの場になった。 ・・・ちなみに、混ぜたシジミ納豆味噌汁の味は、長女が一言「うぇ!」

受け入れる:「どっちが悪者なの?」

先ほど、テレビを一緒に観ているという話を書いたが、在宅勤務になり、夕方、子供たちが帰宅した後、一緒にテレビを観ることが本当に多くなった。主にはアニメ、クイズ番組と(子供はイヤイヤで)歴史もの。今の子供たちのブームは「鬼滅の刃」(鬼になった妹を人間に戻す為に主人公が努力を重ねて鬼を倒していく人間賛歌がテーマの人気アニメ)。敵となる鬼にも、鬼になってしまった同情しうる背景がある。その為、私が「この鬼、顔が怖いね」と言ったところ、下の娘が急に「見た目で判断しちゃダメなんだよ!本当は(この鬼は)寂しいんだよ」と。

『グローバル組織開発ハンドブック』では、「一人ひとりが持つ個性や価値観が組織のなかで最大限活かされている状態をつくり出すことこそが、ダイバーシティ推進の真の狙いである」と言っている。その為に、ステレオタイプになりそうな表層的なレベル(国や性別、年齢等)ではなく深層的なレベルで個人を知ることが重要である。

私達家族も、表層に惑わされず、ひとりひとりをひとりの人間として理解して行きたいと思っている。だからこそ、下の娘の言葉はとても嬉しく思えた。表層的な見た目ではなく見えない部分を知ろうとする気持ちが芽生えてきた瞬間だと感じた。これからも、その心意気を閉ざさないように、少なくとも親としては、ステレオタイプになりそうなことは言わないように気を付けている。

また、何かにつけ、下の娘は「どっちが悪者なの?」と訊いてくる。例えば、戦国時代の合戦のシーン。各国の主義・主張があり、だれもが自分が正義と考え戦をしている戦国時代、誰が悪者で誰が正しいのか答えるのは難しい。(勝者が正義と単純に伝えたくないという私のこだわりもあり)主人公目線で、安易にあの人が悪者とも私は言いたくない。

その為、「主人公の立場からすれば、あの人が悪者だけど、あの人からすれば、主人公が悪者って思うかもね」と答えると、「なんで??」と難しい問が返ってくる。「あなた達も喧嘩する時、同じじゃないかな?自分は悪くないと思うからお姉ちゃんと喧嘩するよね?」と答えると、「そんなことないもん」と言う娘に対して「それそれそれ!みんな自分は悪くないと思うんだ。だからまずは相手の考えを聴かなきゃね。」と他者理解の重要性を伝えている・・・が、すでに娘の興味は違うところに行っていることがよくある。

深層的なレベルで相手を知る為に、齋藤家では可能限り「普通は」、「みんなも」、「当たり前」などの言葉を使わないようにしている。林成之さん監修『脳のひみつ心のふしぎ』では、「「これが正しいのだ」と思うと、そこから少しでも外れたものの受け入れを、脳が拒否してしまうのです」その為、がんこな人がいるのですよと説明している。がんこは決して悪いことではないが、それが行き過ぎると「これが絶対に正しいはずだ」と「べき論」に繋がり、極端ではあるが、それが偏見や差別につながっていく。

私は「普通は」を発した瞬間、受け入れるマインドから自分は正しいから受け入れないマインドに切り替わると考えている。だからこそ、私達家族の中では、「普通」や「当たり前」をそもそも言葉に出さないように気を付けている。なぜならば、皆それぞれ、様々な深層的要素を有しているからこそ、世の中は面白いし探求し甲斐があると子供たちに感じて欲しいと思っているからだ。

余談ではあるが、先日、家族皆で私の実家に泊まりに行った。私の母がテレビを観て「普通はこんなことしないよね」と子供たちに言った際に、「バアバ、普通って言っちゃいけないだよ!」と長女が一言。お笑い芸人の体を張った芸を観ての一言だった・・・

最後に

Covid-19の影響で外部環境が大幅に変わり、働き方も大きく変わった方々も多いと思う。そんな中、家族の在り方は変わらなくていいの?の問いから、齋藤家は、家族の成長ビジョンに向かって家族皆でソフト面のチェンジすることを決めた。目に見えない共同体的要素を強化する為に、普段、クライアントへ提言している観点と同様に組織開発の要素を意識しながら家族のチェンジを進めている。そんな中、改めて、感じることは、ソフト面の醸成に関しては組織も家族も同じだなと言うことだ。

だって両方とも人間同士の集まりだから。

そんなことを思いながら、齋藤家は、「自分で考える×受け入れる」with 利他の精神 をバリューズとして楽しいロングジャーニーを続けて行きたいと思う。

(シニアコンサルタント 齋藤正幸)