現地ロシア・ヴォルゴグラードで見たW杯自分史上最悪の試合

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発:松村卓朗】第74回:現地ロシア・ヴォルゴグラードで見たW杯自分史上最悪の試合~日本代表チームの戦い方から、あなたは何を感じましたか?~

matsu_seminarたった今、ロシアから戻ってきて、この稿を書いている。
一週間ロシアにいたが、初めて訪れたこの国のイメージは、行く前と後で大きく変わった。まず、旧ソ連時代の無機質な建物が並ぶ閑散とした街並みを想像していたが、ヨーロッパ特有の洗練された建物と、一方他の西欧諸国には見られないカラフルな聖堂が立ち並ぶ、とても綺麗で壮大な街並みには大いに魅了された。そして、笑みを浮かべない冷たい感じの人達が多いと想像していたが、どこで出会う人も決して愛想を振りまくわけではないけれども実に実直で親切な人達ばかりで、大いに好感を抱いた。さらに、旧共産圏の“いけてない”サービスを受けることも覚悟していたが、ソ連が崩壊して既に四半世紀が経ち、テクノロジーの進化の助けもあって、何不自由のない便利で快適なサービスには逆に大変驚きもした。例えば、どの都市でもどこに行くにもYandex Taxiを利用したが、呼ぶにはマップ上で目的地をタップするだけだし、3、4分で正確にマップ上のGPSが示す現在地にやって来るし、東京よりはるかに便利だと思ったものだ。極めてリーズナブルな値段が予め提示されるので、かつてはどの国に行っても必要だった値段の交渉や駆け引きも何一つ不要で、ちょっと寂しいくらいだった。
W杯でもないとロシアに行く機会などなかなかない私にとって、この一週間は、本当に素晴らしい一週間だった。本来の目的だった、日本代表の試合を除いては。

私は、日本代表の試合は、モスクワから飛行機で2時間半くらいの都市、ヴォルゴグラードで行われるグループリーグ第3戦を観戦することにしていた。かつてスターリングラードと呼ばれていた都市だ。
第3戦というのは、前評判の低かった日本代表にとっては、第2戦までの成績によっては既に敗退が決まってしまっているという“消化試合”になる可能性が高かった。しかし、1戦目2戦目で勝ち点を得ることができていたため、3戦目は、決勝トーナメントがかかる、まさに決戦の一戦となった。最高の気分だった。この試合を前に、生で観戦できる喜びに胸躍る心境だった。
ところが、この試合、日本はポーランドに0-1で敗れた。結果的に日本は決勝トーナメントに進めることが決まり、そのことも試合終了直後に会場で知ったが、全くもって嬉しい気持ちが沸き起こってこないという、事前には想像すらできなかった状況を経験することになった。
試合を見ていない方のために説明すると、日本代表は、0-1で負けているにも関わらず、そして他会場の結果によってはグループリーグ敗退が決まるにも関わらず、残り10分、攻撃することを諦め、勝負を捨て、試合を殺し、ピッチの後方でのボール回しに終始したのだ。私は、我が目を疑った。
会場は、10分の間、物凄いブーイングに包まれたが、それでも日本代表選手達は、ひたすら時間を潰すことだけを行った。長年日本代表チームを応援してきたが、こんなに後味の悪い、腑に落ちない、がっかりした試合を私は経験したことがない。冗談じゃない。これは、サッカーではない、と思った。金輪際、日本代表を応援することを辞めるとまで言った仲間もいる。

日本に戻ってきて驚いたのは、「決勝トーナメントに行くためだったのだから、仕方ない。戦術の一つだ。」という論調が大勢を占めていたことだ。
1対1の同点という状況なら、あるいは、コロンビアがセネガルに2点差以上の差をつけて勝っているという状況なら、この戦い方が戦術としてあり得ることは分かる。しかし、決勝トーナメント出場に向けて自分でコントロールできることは目の前の相手と戦って勝ち点を奪うことだけなのに、日本はこのままでは勝ち点を得られないというのに戦うことを辞め、他会場のスコアがこのまま動かず10分を終えるということを勝手に前提にして、他力本願に賭けるということを選択したのだ。
ただ、このことの是非は、賛否両論あるのだろう。私が分かっていない情報も踏まえ、西野監督は状況判断をしたのだと言われれば、それはそうかもしれない。さらに、確かに現地観戦している者にとっては、せっかくロシアまで見に行ったのだから目の前でスペクタクルな展開を見たいという「期待」が大きかったのだろうと言われても、それもそうかもしれない。

それなのに、腑に落ちない最大の理由は何なのかと考えていて、ふと思い至ったことがある。そのことをここに記したい。
「現地に行かないと分からない」という言葉があるが、それこそ、現地に行った者にしか分からない体験を語りたい。
試合当日、W杯がやってきたヴォルゴグラードの街はお祭り騒ぎだった。試合会場まで、日本のサポーター、ポーランドのサポーター、そして現地ロシアの人達で、ごった返していた。私自身も、スタジアムに向かう道すがら、ポーランドのサポーター達や現地の観戦者達とは何度も言葉を交わし、この後行われる試合の心からの応援を誓い合った。日本のユニフォームを着て日の丸をつけて歩いていると、テレビ局の取材を受けたり、「一緒に写真を撮ってくれ」と次から次へとせがまれ、ちょっとした有名人になった気分だった。最寄りの地下鉄の駅からスタジアムまでのたった1km程度の道程が、2時間もかかるほどだった。
途中、黄色い大きな旗を持った、どことなくアジア系の顔をした坊主の人たちに何度も何度も囲まれた。不思議に思っていったいどこの国の人達かと聞いてみると、カルムイク共和国という共和国の人達らしい。ご存知の通りロシアは共和国の連邦制なので、国の中にはたくさんの共和国があり、そのうちの一つということだ。
なんと、ヨーロッパ唯一の仏教国ということだ。そして、とりわけ日本の仏教を崇拝しているとのことだ。どおりでものすごく親日だ。
ただ、調べてみるとこの国は、とても不幸な歴史をたどってきた国のようだ。1943年 の厳寒のさなか、対独協力をしたことを理由にスターリンに民族ま るごと貨車に詰め込まれて、シベリアへ強制移住させられたという。その途中、何千何万という人が亡くなった。チェチェン人と共に科された残酷な措置は、1957年のスターリン批判まで続いたという。今でも、ロシアの中では最貧の国の一つということだ。
この人たちが、近くでW杯が行われると聞いて、多くの人がヴォルゴグラードまで観戦にやってきた。試合を本当に楽しみにしていたのだ。当たり前のことだが、試合会場には、多くの日本サポーターもポーランドのサポーターも詰め掛けたが、それでもスタジアムを埋める数万の観客の過半数を占めるのは、現地ロシアの人達なのだ。
試合が始まる前には、あれだけ「ヤーパン、期待しているぞ!」と声をかけてきた人たちが数多くいたが、試合後、日本は決勝トーナメントに進めることが決まったにも関わらず、私達に声をかけてくる人は皆無だった。カルムイク共和国の人達が、今日の試合を見てがっかりして帰途についたのだと思ったら、涙が出てきた。

結果として、決勝トーナメント進出という結果は出した。しかし、サッカーは、その試合そのものが目的だということも、あらためて思い知らされた。観戦に来る人達は、今日この場のエンターテイメントを楽しみにやってくるのだ。
企業も、売上や利益という結果を出さなければ、脱落する。ゲームはそこで終わる。しかし、「結果さえ出せばよい」というのは違う。結果は、企業存続の条件だ。目的ではない。
企業が存続をかけて戦う過程で、社員はチャレンジングでスペクタクルな経験ができて、顧客には喜びや感動を与えることができるというのが、企業の真の目的だ。
多くの企業やリーダーと接していて、結果、すなわち売上や利益をあげるといったことを目的に据えているかのような言動を見聞きすることは、まだまだ多いように感じる。あらためて、それでは絶対にだめだということを、今回の試合を経験して私は心に刻むことができた。