グローバルにバリューズを浸透する~グローバル組織開発の5つの視点(4)

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“バリューズ”とは企業が大切にする共通の価値観
“バリューズ”という言葉は日本では聞き慣れない人が多いと思う。“バリューズ”とは、一言で言えば『企業が大切にする共通の価値観』だ。日本語で“価値”を表すバリューという言葉は、「トップバリュー」「バリューセット」といった表現を消費者向けに企業が使っているので、既に一般的に使われている。一方、“バリューズ”と複数形で表現すると、“価値観”の意味を持つ。日本ではこれまで価値観にあたる意味で使う場合も“バリュー”と呼ぶ人が多かったが、本来複数形でなければ価値観という意味にならず、グローバルな環境では意味が通じないはずだ。そこで、我々は、価値観の意味で使う場合には、日本人には慣れない語感であるものの、あえて“バリューズ”と呼んでいる。
バリューズは、組織開発(OD)では決して欠かすことのできないものであり、グローバル組織開発(GOD)においてはなおさら、その重要性がクローズアップされる存在になっている。世界に散らばる、価値観も多様な人達や組織を、1つにまとめるためには強い求心力が必要になるからだ。
しかし、それだけ重要であるにも拘わらず、いざ浸透の段になって、そもそも体系を整理しないと混乱を招くだろうと思う企業は少なくない。まず、バリューズに類するものは、「理念」「社是」「社訓」「フィロソフィー」「クレド」「○○の心」「○○WAY」「○○ism」という風に企業ごとに様々な表現がなされているため、大変紛らわしい。さらに日本ではバリューズという言葉が一般的でないからか、“ミッション(使命)”、“ビジョン(将来像)”の概念と混同されている場合も少なからずある。その位置づけを整理すると図のようになる。
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筆者などは、個別企業で好きなように名称をつけたらよいと思うものの、“ミッション”“ビジョン”と並んで、“バリューズ”という言葉が日本でも一般用語になったら、すっきりもするし便利と思う。少なくとも、中身ではなく体系が理解されずに浸透の際に混乱を招くことを防げるはずだ。
“バリューズ”とは『企業が大切にする共通の価値観』という定義を冒頭で確認した。単に価値観という意味の訳語では不十分だ。価値観というのは誰しもが持っているものだが、一人ひとりが持っているだけでは“バリューズ”にはなり得ていない。また、組織で共有されたものであっても、各人の行動や判断の基準として機能するまでになっていなければ、“バリューズ”が真に浸透したとは言えないのだ。
グローバル企業のように、大きく広がった組織や人を統制する術は、大別すると2種類ある。1つは“ルール”による統制で、もう1つが“バリューズ”による統制だ。“ルール”による統制は、基本的には押し付けられ、逸脱が許されない窮屈なものだ。 一方“バリューズ”による統制は、組織に属する各人の内部で起こる。つまり、組織としての統制は、各人が“バリューズ”を大切にしようとする思いによって、結果としてとれていく。統制と言っても、がんじがらめになるというより、むしろ人々は自由になれる。 バリューズがあることで、バリューズ以外の部分では、地域や各人の個別の状況に合わせた、自律的で柔軟な判断や行動が促されるようになるからだ。

CSPの複雑性にバリューズ浸透で対応
そもそもグローバルな環境下では、CSPの複雑性(C=Cultural/文化的要因による複雑性、S=Structural/制度的要因による複雑性、Physical/物理的要因による複雑性)によってただでさえ組織はバラバラになりがちだ。従って一つにまとめるための拠り所になるものが必要になる。しかもそれは、現場の社員一人ひとりの自律性ある判断や迅速な意思決定を促すものでなくてはならない。全体では一体感を保ちつつも、現場は適切に迅速に動けるようにすることが、グローバル組織運営の鍵になる。そこでバリューズの出番だ。
グローバルにおけるCSPの複雑性に対して、バリューズ浸透が果たす役割や効果を確認しておこう。
C(Cultural/文化的要因による複雑性):組織がグローバル化すると、多様な文化を背景に持つ人材が属すようになるので、個人が持つ価値観の幅はより多様化する。国内組織以上に、バリューズでもって行動や判断の基準を合わせる必要性は高くなる。そのようななかで行うバリューズ浸透は、行動様式や考え方を一定水準に導く、言わば『人材教育』に他ならない。例えば、諸外国では、品質の要求水準の高さを分かってもらえないと嘆く声もよく聞くが、それなら品質に関係するバリューズを浸透させることだ。企業文化は国の文化の違いを凌駕するという学術研究結果もあるほどだから、国の文化の違いを理由に諦めないことだ。現地人材の教育は長年現地任せで、遅れがちという企業は多い。しかし、バリューズ浸透を図ることで、一気に現地の、そして世界共通の教育を進めることができる。
S(Structural/制度的要因による複雑性):組織がグローバル化すると、国を越えて人材配置が行われることが増える。バリューズ浸透を図ることは、『共通言語』を整えておくことになる。たとえ組織や制度が異なっていたとしても、各々が共通のバリューズを持ち、それをどこに行っても体現しようとすれば、異国での業務を円滑に進めることにつながる。人材の流動化に合わせ、人事評価制度などのグローバルレベルでの共通化も急がれるが、共通言語で業務ができる人を増やしておくことで、異動を円滑に進めることができる。
P(Physical/物理的要因による複雑性):組織がグローバル化すると、時差もあって、遠く距離も離れた拠点間で連携を図らなければならないことが増える。そのような状況でのバリューズ浸透は、世界各国の拠点の『連携・協働』を促す。ある企業では、それまで故障の際の対応が組織によってバラバラだったのが、バリューズ浸透によって「最優先すべきは顧客の業務を止めないこと」という共通認識が醸成され、以後連携が円滑になったと聞く。地域や部門を越えて協業し、必要な情報提供や部品調達が行われるようになったからだ。そして何より、地球の裏側にいる会ったこともない同僚でも、同じ価値観を共有する仲間がいると感じられることは大きい。組織に一体感をもたらすはずだ。

日本企業が陥るグローバル浸透の3つの落とし穴
さて、バリューズ浸透には3次元の段階があると言われている。1.「認知的理解(私はこの内容をよく知っている)」、2.「情緒的共感(この内容に私は共感できる)」、3.「行動的関与(私はそれに従って仕事をしている)」の3次元だ。(出所:「経営理念の浸透-アイデンティティ・プロセスからの実証分析」高尾義明・王英燕)
我々が観察する限り、グローバルでのバリューズ浸透において、多くの日本企業が陥っている落とし穴の主たるものは、次のようなものだ。上述した浸透の3つの次元それぞれで落とし穴に嵌ってしまっているようだ。
1)バリューズを表す言葉が不明確で、意味や意図が伝わらない(十分な理解を得られていない)
2)“自社”のバリューズの浸透を図っているつもりが、いつの間にか“日本人”の価値観を浸透させることにすり替わっている(十分に共感を得られていない)
3)浸透の仕方が表面的で、バリューズ体現への動機づけができていない(十分に行動に繋げられていない)
それぞれ、陥りやすい状況とその対策について、具体的に確認していこう。
1) 理解を得るために、例えばあえて日本語のまま浸透させる
自社のバリューズの意味をグローバルに伝えるために、まずは翻訳しようとするのだが、うまく表現できず伝わらない企業は少なくない。我々が支援したある企業でも、「自身を輝かせる」を“Make yourself shine”と直訳に留まるばかりか、外国人に誤解を生じさせる表現になっていた。よくよく真意を聞いてみると、「ひとりひとりが自身の可能性を信じて挑戦し、持てるエネルギーを最大限発揮する」といった意味だということなので、それならそのように表現しないと伝わらないという当たり前のことをアドバイスしたことがあった。
英語やあるいは現地語に訳せばよいというものではない。興味深いのが、バリューズのグローバル浸透に成功している企業は、むしろ逆で、そのまま日本語を使っていることも多いのだ。例えば、コマツは“Dantotsu(ダントツ)”、花王は“Yoki-Monozukuri(よきモノづくり)”、サントリーは“Yatte Minahare(やってみなはれ)”、ブリヂストンは“Genbutsu-Genba(現物現場)”など、中心概念は日本語をそのままにして浸透を図っているのだ。日本語を使っているのに浸透している、というより、日本語を使っているからこそ浸透しているとさえいえよう。
それは、定義や意味とともに、その言葉が生まれた背景などを丁寧に伝えることが起きているからだ。安易に英訳や現地語訳をしてしまうと、実は現地で伝える努力が半減するというケースを多く見てきた。ただし、翻訳の過程で意味を十分に咀嚼することにトライすることには大いに価値がある。例えば、ブリヂストンの“Genbutsu-Genba(現物現場)”はDecision-Making Based on Verified, On-Site Observationと補足されている。現場重視という意味だけではなく、現場での観察と検証を意思決定に活かすという考え方がよく織り込まれている。
魂は、作るプロセス、伝えるプロセスにこそ宿っているということだ。ちなみに、ブリヂストンを例にとると、創業以来変わらずあった理念を元に、表現を練り込むのに実に6年かかったと聞く。できた4つのバリューズ(ブリヂストンでは、心構え=ファウンデーションと呼んでいる)は、“現物現場”を初めとしてすべて四字熟語というのが面白い。そして何より、それを日本人が主導したわけではないというのがさらに面白い。

誇りで共感を得、向き合わせて体現を促す
2) 自社で働く誇りを伝える
浸透を図る際には、いつの間にか日本人の価値観の押しつけにならないよう、十分に留意する必要がある。バリューズの表現に日本語を使っている例を紹介したが、しかし「日本ではこうだから」という説明は全くもって不適切だ。大方の海外の社員は、日本人のようになりたいとは思ってはいない。「我が社ではこうありたい」という言い方を貫かないと、絶対に受け入れられない。
ある日系製薬会社での出来事だ。米国で働く非日本人社員への浸透ワークショップで緊張が走った場面があった。国の文化の違いや企業文化について話し合っていたとき、一人の日本人社員が同僚の米国人に、どうしたらより効果的にこの会社で働けるかと、建設的なアドバイスのつもりで、「日本人の私達が思うに。。」「日本では。。しなければならない」「うちは日本の会社だから。。そしてあなた方は。。」と熱弁をふるった。部屋の中にいる米国人社員の顔が次第に曇った。たまらず、ある米国人社員が「“we”の中に私達米国人も含めてもらえますか」と言った。そして、「私達も皆同じ会社で働いているんだ」「私は日本人ではないし、日本人にもなれない」と告げた。
「これが日本のやり方だ」ではなく、「これがわが社のやり方だ」としなければ、浸透活動は効果がないどころか、やればやるほどむしろマイナスになる。
しかし、伝え方さえ間違えなければ、多くの日本企業に勤める現地社員は、「我が社はこのような考え方を大切にしているのを知って嬉しい」と誇りに思うはずだ。日本企業は、必ずしも就職先として人気があるわけではない。だからこそ、日本企業に勤めてくれている彼らには、自社で働く誇りと思えるものが日本人社員以上に必要なのだ。
3) バリューズに向き合わせ、深い自問自答を促す
バリューズの浸透行動を一生懸命にやっても、各人の体現にまでつながらないといった話をよく聞く。オフサイトミーティングや対話会を行ったり、バリューズをカードにして配布したりしても、最初は目新しさがあるがそのうち陳腐化して、浸透活動も尻すぼみになるという。いくつか理由が考えられるが、浸透が進まない企業に共通しているのは、バリューズに向き合わせることの欠如だ。グローバル環境下では、国内での浸透活動にも増して、バリューに向き合い、積極的に関与させる為の仕掛けが必要だ。経営陣の本気はそのひとつだ。これは、広報等に任せず自ら回る、時間と労力をかけて訪問回数を重ねる、といった類に留まるものではなく、日常の至るところで姿勢を見せることが問われる。以前、グローバルに事業展開する会社で、経営陣から子会社のトップが注意を受ける場に居合わせたことがあった。子会社のトップが、「史上最高の収益を達成した、皆よく頑張った」というスピーチをした直後、トップは経営陣に呼ばれた。その注意とは、「スピーチでなぜバリューズの話をし、業績達成と結びつけなかったのか。バリューズの考え方を深く浸透させる、せっかくの絶好のチャンスを逃した」というものだった。
また、向き合わせるための自問自答をいかに促すかが浸透活動の肝だ。グローバルに事業を展開する消費財メーカーでは、インテグリティ(誠実さ)をバリューズの1つに掲げているが、「袖の下が日常化している新興国で、災害が起こった。寄付する商品を国民に届けるための税関職員への賄賂をどのように考えるべきか。それはバリューズとどのように関係するか。」といったことを徹底的に考えさせている。決して答えがあるのではなく、そこで悩み葛藤すること自体に意味があるのだ。
バリューズを浸透させるというのは、企業の価値観を押し付けることでは決してない。押し付けても浸透などしないのだ。自身が元々持つ価値観が引き出され、それを各人がバリューズと結びつけて理解し、そして自分の心の中にもう一度しまってはじめて浸透が進んでいくことを、バリューズ浸透に関わるすべての人が理解しなければならない。

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