銀メダル選手達から学ぶ個か組織かの議論(松村卓朗)

【サッカーから学ぶ組織開発・人材開発(松村卓朗)】
第57回:リオ五輪の400mリレーの銀メダル選手達から学ぶ個か組織かの議論
~組織運営の本質は、個か組織かと「か」ではなく、個も組織もの「も」を目指すことにある~

matsu_seminar熱狂のリオデジャネイロ・オリンピックが閉幕した。サッカー五輪代表チームは、残念ながら1勝1敗1分の成績でグループリーグ突破はならず敗退したが、他の競技を見ると史上最高の41個のメダルを獲得したという華々しい結果だった。毎日何らかのメダル獲得のニュースが流れていたとように感じるが、柔道にせよ、水泳にせよ、体操にせよ、卓球にせよ、バドミントンにせよ、陸上にせよ、メダルがかかった試合を迎える度に、固唾を飲んで声援を送り、自分も選手達と同じように興奮と喜びの渦の中にいた1か月だった。

中でも、男子4×100リレーの決勝は、今なおレース中の緊張感とレース直後の興奮が忘れられないほど強烈な印象を残した。
ご存じのように、山縣亮太(24歳)、飯塚翔太(25歳)、桐生祥秀(20歳)、ケンブリッジ飛鳥(23歳)の4選手がつないだリレーは、日本に銀メダルをもたらした。第3走の桐生選手からアンカーのケンブリッジ選手にバトンが渡った段階では、ジャマイカとほぼ並んでいるか、トップと言ってもよい状態だった。最後は、ケンブリッジ選手がジャマイカのウサイン・ボルト選手に抜かれたものの、アメリカなどの強豪国を抑えて2位でゴールした。記録の37秒60は、アジア記録を更新したばかりか、世界の歴代の国別記録で3位というすごいタイムだ。日本の陸上トラック種目としては88年ぶりのメダルとなった。日本が短距離走でオリンピックのメダルをとるという俄かには信じられないようなシーンを目の当たりにして、いつかサッカーでも日本がW杯の決勝の舞台に立つ日が来てもおかしくないという気持ちさえ湧いてきた。

ところで、五輪後の報道を見ていると、リレーの勝因について、日本のバトンパス、すなわち「組織の力」のみに脚光を当てすぎなように見受けられると感じるのは私だけだろうか。
確かに、誰も10秒を切っておらず、決勝に進んだ者のいない日本の「個人の力」では、とても銀メダルをとることなどできないように思える。
もちろん、日本のバトンパスは世界一で、日本の生命線であったことは間違いない。日本代表チームは2001年から、渡し手が受け手に対して下からバトンを手渡す「アンダーハンドパス」を採用している。アンダーハンドパスは、上からバトンを渡す「オーバーハンドパス」に比べて減速が少なくできる点が最大のメリットということだが、バトンの受け渡しに非常に高い技術が求められる。
さらに、従来はほぼ体の真下で受け渡していたが、今回のリオ五輪に向け、腕を伸ばして間隔を50~60センチ程度に広げた「改良型アンダーハンドパス」に取り組んだという。その上決勝では、予選よりもバトンを受ける側のスタートの目安とする位置を、飯塚選手と桐生選手が1/4足長(7センチ)、ケンブリッジ選手は同1/2足長(14センチ)伸ばし、快挙につなげたということだ。ボルト選手などは、「バトンは、ジャマイカはリオに入ってから2~3回練習した程度」と言っているから、日本チームがcm単位で調整し高めてきた「組織力」には恐れ入る。(参考:「Number」2016年9月9日号)
しかし、世界一と称されるバトンパス技術にスポットを当ててばかりではことの本質を見誤る。バトンで縮められるのは、0コンマ数秒だ。バトンパス技術だけではなく、4人の選手達皆が個としての走力の高さを同等に有していたからこそ今回の結果につながったと見るべきだ。4人は確かに個ではまだファイナリストではないが、全員が9秒台を期待される、これまでの日本の歴史上最高の個の力の持ち主が揃ったことこそ勝因の一番に挙げるべきではないか。

かつて、2010年の南アフリカW杯のサッカー日本代表チームを率いた元代表監督の岡田武史さんは、当時のチームは日本サッカー史上において革命的なことを行った、それが決勝トーナメントに進出できた要因の1つと語っていた。
それは即ち、「チーム(組織)か個か」という、これまで長くサッカー界で繰り広げられてきた議論に終止符を打ったということだ。個を強くしないとチーム(組織)は強くならないので、どちらも追求する。個を強くしてチーム(組織)も強くする。こうした考えに立った。この考えは、日本サッカーの代表チーム史上、未体験の領域だったという。これまでは、長い歴史の中で終始一貫して、個では勝てないからチーム(組織)で何とかしようとしてきた。
南アフリカW杯への準備中に、岡田監督がある大学の先生に「日本は個では世界に勝てないから組織力を強めて何とかしたい」と相談したところ、「なぜ個では勝てないのか」と問われたらしい。最初はカチンときたと言う。そんなのサッカー界の常識だと。しかし、ちょっと待てよ、確かになぜ個では勝てないと最初から諦めているのかと、あらためて考え直すきっかけになったという。目から鱗の視点だったらしい。当時のチームは、組織力の強化だけに力を注ぐのではない、組織の強化に目もくれず個だけを強くしようとするのでもない、「個も強くしてチーム(組織)も強くする」ための、様々なプログラムに取り組んだと聞く。

個か組織かといった議論は、まだまだ多くのスポーツで至るところで残っているだろう。しかし、言うまでもなく、個も組織も両方追求する必要があるのだ。サッカーも陸上も、世界と伍すようになった鍵は、「か」ではなく「も」の追求にあると言ったら言い過ぎだろうか。
考えてみれば、組織運営にしても、経営にしても、「も」にこそに難しさがある。
個人の能力「も」高めて、組織としての力「も」高める。売上「も」上げて、コスト「も」下げる。顧客に「も」貢献して、「社員」も満足させて、株主に「も」還元する。だから、組織運営にしても、経営にしても、本質は「も」にこそあると考えられないか。
「も」の組織運営、あるいは経営とは、リレーで例えれば、ボルトのような圧倒的な個の力を有した人が何とかカバーするのではなく、あるいは絶対にバトンを落とさないよう和を重視して両者が少しだけスピードを落としてリスクを回避するということでもない。各人がトップスピードで走りながら、それでいて、バトンの受け渡しのタイミングは両者に一切のロスが生じないぎりぎりのピンポイントで行う、そしてそれを最初からそんなことは無理と考えるのではなく追求すればできると挑戦して現実のものにしてしまう。今回の五輪で我々が目にしたのはそうした姿だ。