ノーレイティングとは
「ノーレイティング(No Rating)」とは一言で言えば「評価をしない」システムだ。マーサーの2017年の調査によると、10から15%の企業がレイティングを廃止しているという。

ノーレイティングは通常のパフォーマンスマネジメントの代替手法であるわけだが、通常のパフォーマンスマネジメントは、次の3点で構成されている。
1)期初に上司と部下で話し合い、目標設定する
2)期中に部下の目標達成に向けて、上司は部下を指導する
3)期末に目標達成度合いを確認し、業績面ならびに行動面の評価結果を上司から部下に伝える

この3点に照らし合わせて、一般的なノーレイティングの仕組みを説明しよう。

1)期初に上司と部下で話し合い、目標設定する
まず、目標設定だが、ノーレイティングを導入しても目標設定はなくならない。ただ、それを年間の目標ではなく、より短期間の目標にしたり、プロジェクトごとの目標にしたりする点が異なる。

2)期中に部下の目標達成に向けて、上司は部下を指導する
そして、目標達成の進捗確認を、上司と部下で期末だけでなく日常的に行う。上司は、期末に過去を振り返って評価する代わりに、期中に、部下が目標を達成できるよう頻繁にフィードバックすることが求められる。また、組織を取り巻く環境変化に伴い、期中に目標を再設定することも可能だ。

3)期末に目標達成度合いを確認し、業績面ならびに行動面の評価結果を上司から部下に伝える
ノーレイティングでは、期末に上司が部下をAだのBだのと評価することはしない。したがって、期末面談で「あなたの今期の評価結果はBです」などと部下に伝えることもなくなる。日頃から頻繁にフィードバックを受けているのだから、わかっているはずという前提がある。
では賞与、昇給はどうなるかというと、それは上司の判断に委ねられる。もちろん原資は限られているのだから、上司は何らかの評価をしながら、賞与や昇給を決めている。ただし、それが、「AからEの5段階評価」のような全社的な基準のもとに評価や賞与の配分を決める必要がないということだ。

なぜノーレイティングなのか
ノーレイティングの必要性の根拠として、よく挙げられているのが、従業員のモチベーション向上とグロース・マインドセット(Growth Mindset)の醸成である。ニューロサイエンス(神経科学)の進展により、レイティングされることは、従業員のモチベーションを下げ、グロース・マインドセットの反対であるフィクスト・マインドセット(Fixed Mindset)を助長してしまうことが明らかになったというのだ。

出所:Carol Dweck著「Mindset: The New Psychology of Success」を基に和訳

ノーレイティング導入の狙い
ノーレイティングの狙いは以下の4つと考えられる。
1.組織のアジリティを確保する
2.業績向上を加速化する
3.コラボレーションを促進する
4.ハイパフォーマ―を処遇し、保持する

1.  組織のアジリティを確保する
変化の頻度と度合が急速に増している中では、1年単位で目標を立てることが難しくなっている。パフォーマンスマネジメントのサイクルを四半期ごとなどと短縮化するのは一案だが、環境変化は自社の四半期に合わせて変化するわけではない。より柔軟に対応できることが必要である。
また、評価時のフィードバックについても、9か月前や6か月前のことを引き合いに出し、「あのときのここが良かった、ここを改善すべきだった」と言うのも、変化の早い時代にはそぐわない。なので、ノーレイティングでは、上司は部下と頻繁に話し合い、リアルタイムにフィードバックを行うことが必要になってくる。

2.業績向上を加速化する
ノーレイティングでは、従業員は評価を気にせず、自分のペースで自分のやりたいことに取り組めると誤解している人もいるようだが、「業績軽視で従業員に優しい制度」とは真逆と考えたほうがいい。実際に、ノーレイティング導入の代表的企業としてよく例にあがるギャップ(Gap Inc.)でも、全従業員に通達する「パフォーマンス評価基準」の冒頭には「私たちは高い目標を掲げてそのゴールを捉えるように愚直に取り組みます」とある。
従来のパフォーマンスマネジメント制度の問題は、評価基準を目標達成度に置くと、従業員が達成しやすい目標を設定してしまうことにある。一方、ノーレイティングでは、たとえば「市場シェアを3倍にする」といったような猛烈に高い目標を掲げたとして、その半分でも達成したら、それは大変立派な結果をもたらしたのだから、賞与や昇給で報いることができるというわけだ。
さらに、従来の制度では、期末の評価の妥当性を部下に納得させるべく、あるいは部下側は自分の評価を上げさせるべく、過去(期内の過去)の業績や行動ばかりに話題や意識が集中しがちだ。一方のノーレイティングでは、それがなくなる分、未来に向けていかに業績を上げるかに集中することができる。

3.コラボレーションを促進する
従来のパフォーマンスマネジメント制度の中で特に評価が相対評価になっている場合は、社内がギスギスしがちだ。自分の部門内で、誰かが好業績を上げれば、それは自分がA評価をもらえなくなることを意味するのだから、無理もない。下手をすると、足の引っ張り合いにもなりかねない。ノーレイティング下では、そうした心配がなくなり、チームワークが良くなり、コラボレーションが促進されるというのが3点目のポイントだ。

4,  ハイパフォーマ―を処遇し、保持する
これを行うためには、評価を正規分布ではなくパレート分布(べき分布)で考える必要がある。正規分布で考えると、ハイパフォーマ―とローパフォーマーは分布の両端にいて、大多数が中間にいる。そして、ミドルパフォーマー(中間値)を基準として考え、ハイパフォーマ―の報酬はミドルの1,2割増しにするといったように考えることになる。
しかし、縦軸を成果にしてパレート分布図を描くと、全く違った光景が見えてくる。そのことをマッキンゼーは次のように述べている。出所
・5%のトップパフォーマーは、平均パフォーマーの4~5倍の成果を出しているという調査結果がある
・平均パフォーマー間の差異は大きくないので、その見極めに労力を使うのは無駄
・したがって、『ABC評価』ではトップパフォーマーに適切に報いることができない
ちなみに、グーグルのラズラ・ボック氏は、ソフトウェアのエンジニアになると差がさらに大きくなると述べている。
・グーグルのアラン・ユータス上級副社長は、一流のエンジニアは平均的なエンジニアの300倍の価値があると言う
・ビル・ゲイツは、優秀なソフトウェアプログラマーは平均的なプログラマーの1万倍の価値があると言う
出所:『ワーク・ルールズ!』(ラズラ・ボック著、東洋経済新報社)

こうしたトップパフォーマーを適切に処遇しなければ、他社に引き抜かれてしまうのは目に見えている。日本でも、人工知能のエンジニアになれば、どこの会社でも引っ張りだこだ。ラズラ・ボック氏も、正規分布の考え方で従業員を処遇することは、バランス重視の内向きの制度であり、「最も優秀で最も可能性のある社員が辞めるような仕組み」と断じている。

なお、ノーレイティングの狙いは、個人の意思や強み、そして能力開発に重きを置くことだとする論者も多い。確かにノーレイティングを導入した企業はそれらを重視すると言っている。しかし、このことは、ノーレイティングと従来のパフォーマンスマネジメントの違いの本質ではない。
たとえば、目標管理制度(MBO)にせよパフォーマンスマネジメントにせよ、本来は、組織として達成すべきことと個人の想いとの整合をとることが狙いだった。ところが、年数を重ねていくうちに、「目標は上位から降ってくるもの」という習慣と認識が強まり、やがて「パフォーマンスマネジメント(または目標管理制度)の欠点は、組織と個人の関係が対等でないこと」などと言われるようになってしまった。従業員の能力開発や成長促進についても然りである。パフォーマンスマネジメントがそれを重視していないのではなく、運用の過程において置き去りになってきたといったほうが正しい。実際、レイティングを維持している企業でも、個人の意思や従業員の成長を極めて重要視しているところは決して少なくない。

ノーレイティングは万能ではない
最後に、ノーレイティングという制度自体が問題を解決するのではないということについて述べる。欧米では、ノーレイティングについて賛否両論あり、CEBに至っては、次のようなデータを報告している。
ノーレイティングを導入した企業において:
・上司と部下の話し合いの質が14%低下
・トップパフォーマーの報酬に対する満足度が8%低下
・従業員エンゲージメントが6%低下
・業績が10%低下 出所

ノーレイティングを導入していないフェイスブックの言い分はこうだ。「評価結果が公正なものだと全員が納得するのは難しいことだが、評価プロセスが公正であることがわかれば、納得度は高まる。ノーレイティングでは、そのプロセスがブラックボックス化してしまう」。フェイスブックでは公正なプロセスのために、同僚からのフィードバックも加味した評価を行い、しっかりとした話合いを上司・部下で行い、バイアスを除去するアナリストが全ての評価結果をレビューするなどと、徹底して策をとっている。そして、評価結果をダイレクトに報酬にリンクさせている。
また、ノーレイティング制度では上司から日常的に頻繁にフィードバックを受けることになるが、フェイスブックはそれに対しても異議を唱える。あまりに多くのフィードバックを受けると部下は混乱するし、重要な能力開発課題を見失いかねないという。
なお、目標設定については、達成確率50%を目安とした高い難易度を課している。それによって、「評価されるために達成しやすい目標を立てる」といった落とし穴を回避している。
さらに、評価を受けることへのマイナス効果を神経科学が実証したというノーレイティング派の主張に対しては、「どう評価されているのかがわからない」という不安な状態のほうがよっぽどマイナスであるという別の神経科学上の結果をもって反論する。グロース・マインドセットのほうがフィクスド・マインドセットよりも良いのは当然だが、パフォーマンスマネジメントを通じてグロース・マインドセットを醸成することはできるともいう。

本質は上司と部下とのコミュニケーションにあり
ノーレイティング下では、管理職の裁量が大幅に増加するので、優れた管理職がいればうまくいくが、そうでなければ逆効果であることを心得ておいたほうがよい。そして、フェイスブックの例に見られるように、パフォーマンスマネジメントの仕組みを今の時代に合うように改正したり、あるいは運用面で工夫したりすれば、先述の「ノーレイティングの4つの狙い」を達成することは十分できる。

評価をしようがしまいが、ノーレイティングにせよパフォーマンスマネジメントにせよ、うまく機能させるためには、「上司と部下のコミュニケーションの量と質の向上」が鍵となる。パフォーマンスマネジメントのための期初や期末に行う面談では、上司が一方的ではなく対話形式で、質問を投げかけたりして、部下の気づきとやる気を引き出すといった「コミュニケーションの質」が求められる。そして、期末に面談があるからといって、日常的な上司と部下の「コミュニケーションの量」を減らしてよいことにはならない。

ノーレイティング下でも、上司と部下はコミュニケーションを頻繁にとることが必要だし、その質も問われることは変わらない。先述のCEBの調査結果で、ノーレイティング導入企業で従業員エンゲージメントが低下したのも、上司の対話力や説明力が不足しているからと報告されている。そして、従来のパフォーマンスマネジメント下においても、日ごろから上司が部下と質の高い話し合いを行っていれば、ノーレイティングで企図していることの多くは実現できるのである。

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